はるこの祇園祭 第九話「後祭の宵山(よいやま)」
7月23日
後祭(あとまつり)の宵山がはじまった町では、
きれいなきものをかざった町家や、京都ならではのお茶をふるまう”煎茶献茶祭“(せんちゃけんちゃさい)、
山伏(やまぶし)たちが、ブオウブオウとほら貝をひびかせて、護摩木(ごまぎ)をどんどん焼いてゆく、役行者山(えんのぎょうじゃやま)の”護摩焚供養“(ごまたきくよう)が おこなわれます。
このあいだの前祭の宵山とは、またちがい、
わたがしやさんや、ふうせんやさんは、ありません。
けれど、町のひとたちが 神様をむかえいれ、
たのしんでもらおうと、ていねいにつくりあげるお祭りは、町をほっこりとなごやかにしています。
はるこにとって、はじめての”なつやすみ”は、
そんなお祭りのあいだを ふわっふわっとゆく
ふっちゃんとの毎日でした。
ふっちゃんは、ゴオゴオと護摩木をもやす火をみて、
「…おとうさんがおこったときの、目ぇみたい!」と、しんけんなかおで言いました。
「うちのおとうさん、火山みたいにおこるから、めちゃくちゃこわいねんで!」
はるこは、ぶるるっとふるえあがって、
「うちのおとうさんも、おこるときはメガネをゆーっくりはずすから、こわいねん…!」
とこっそりいいました。
ふっちゃんはしばらくじぃっとだまって、
「それは、ちょっと…うちもこわいわ」と、うつむきました。
ふだんは見ることのできない、会所の中も見ることができます。会所のなかは、まるで びじゅつかん。鯉山(こいやま)にいくと、りっぱな鯉のかたちをした御神体(ごしんたい)も、見れます。
「うち、この鯉がな、りゅうになったとき、いっしょに 空とんだんやで!」
えっへん!と ふっちゃんがいうと、
「おみこしのったり、空とんだり、ふっちゃんはええなあ」とはるこがびっくりして答えます。
ふっちゃんは、しばらくじぃっとかんがえて、
「ほな、あとでな!」とにっこり笑いました。
「あとでって?」とはるこが聞くと、「つぎいこ!」とはるこの手をとって、ふわっとふっちゃんはとびあがります。
「まってまってー!」
町家のなかの、きれいなきものや、びょうぶのあいだを、くるくるとおどるように見てゆきます。
たのしそうなふっちゃんは、花をちらして、その花がまた、きものや びょうぶを もっともっとはなやかにしてゆきます。
(ああ、なんて、なんてきれいなんやろ…)
「お母さんにもみせてあげたい…」
はるこがそうつぶやくと、ふっちゃんはひときわ花をちらして、「うん!うん!見せにいこう!」と言いました。
新町通り。
山鉾はどれもキラキラとかざりたてられて、はなやかです。大船鉾(おおふねほこ)のまえにきたときに、ふっちゃんは「船や!」とさけんで、ひょいひょいひょいっと鉾にのりました。
おどろくはるこに、ぶんぶんと手をふって、
「はるちゃーん、船がでるでー!」
「え?」とはるこがおどろくと、
「うちが船長、はるちゃんは船員な!」
とふっちゃんが言いました。そのとたん…そのとたんです。
ザザザ、ザバーーン!
はるこは、海をゆくおおきなおおきな船のうえ!
これは夢やろか…!
はるこがふっちゃんを振り返ると、
ふっちゃんはどんどんどんどん大きくなって、おおきくほほをふくらませ、ふーっと息をふきました。
びゅうっと風がふき、ふわっと船が空にうかびます。
「わあ…!」
空はやがて、桃色にそまります。
「ソーダにうつった桃色のそら!」
とおくから祇園囃子が聞こえてきました。
船は、祇園囃子のなるほうへ、なるほうへすすみます。
…はるこの暮らす町がみえました。
ぽちぽちと星がかがやきだして、しゅっとした三日月がのぼります。その星にまけじと、はるこの町の、ちょうちんがかがやきます。そのなかに……
みなとくんと照れながら
並んで写真をとるゆきちゃんが、
目をキラキラとさせて、
お祭りをみてまわるかねちゃん先生が、
リュカさんとそっと手をつなぎあるくうみこさんが、
よりそってあるく、タケマルばあちゃんとおじいちゃんのうしろすがたが、
たのしそうに家で話す、お父さんとお母さんが、
はるこには見えたのでした……
カロン…!
お父さんとお母さんは、はっと顔をあげました。
「きこえた?」
「うん! きこえた!」
ふたりは、ベランダに出ました。
空には星がまたたいています。
「これかな、はるこが聞いた音は」
「……そうかも!」
お母さんは、はっと 目をかがやかせました。
「思い出した。わたしね、ちいさいころ、祇園祭を見たことがあったの!なにもかもが、とってもきれいで、夢のなかみたいだった。……そのときね、みたのよ、鉾のうえでおどる子を」
「ええ?」
「そうよね… 夢だったかも。 夢だったかもね…。でも、きれいだったな」
おかあさんは、そっとおなかに手をあてて、
「はるこがかえってきたら、聞かせてあげなきゃね」
と言いました。
「うん。」とお父さんは笑うのでした。
はるこは、どんなかおを見せてくれるのでしょう。
祇園祭の夜は、そっとしずかにふけてゆきます。
<つづく>
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