はるこの祇園祭 最終話「疫神社夏越祭(えきじんじゃ なごしさい) 」
7月31日
四条通を東にまっすぐ。八坂神社。
しゅいろの門をくぐれば、そのすぐ目のまえに、ちいさな神社があります。
「疫神社」です。
鳥居のよこに、のびのびと大きな木が生えています。
あれは、くすの木。
それから、けやき、ゆずりは、かなめもち。
のびやかにお社をかこんでいます
ちいさな森にまもられた、ちいさな神社。
鳥居には、くぐると厄気がおちると言われている、おおきな茅の輪(ちのわ)がくくりつけられています。
ここが、一ヶ月つづいた祇園祭の、さいごの舞台です。
風がさあっとふいて、こもれびが いしだたみをあかるく照らしています。夏のまんなか。いいお天気です。
朝いちばん、お祭にかかわった人々が、茅の輪をくぐりぬけてゆきました。パンパンとちからづよく手をうつ音が、境内にひびきました。
「おつかれさん!」
「おつかれさまでした。」
ちいさな神社の、おおきな茅の輪をくぐったあとは、どこまでもひろがる空のした、ホッとしたかおで、みんなが家に帰ってゆきます。
神様との長い旅も、この夏はいったんここまで。
そしてまた、来年にむけてのじゅんびが、はじまります。それは、1000年以上つづいてきた暮らしのなかの、たしかな約束。みんなが守り続けているのです。
たんたんたん!と石段をのぼって、はるこ一家も茅の輪くぐりにやってきました。門をこえると、もう行列ができています。みんな、茅の輪をくぐりにきているのです。
あ、タケマルのおじいちゃんとおばあちゃん発見!
「お、はるちゃん!」
「まあまあ、よう日やけして。ぎょうさんあそんだんやねえ」
そのうしろから、
「オーイ! はるちゃん!」と声をかけてくれたのは、うみこさんとリュカさんです。
「リュカさん、こしがいたいの、なおった?」
はるこが こそっと うみこさんにきくと、
「ひひひ、しっぷはってはる」とうみこさん。
「おかあさんは、はらおびまいてはる!」ふふふ! とふたりは笑います。
ゆきちゃんとみなとくんの家族も、つれだってやってきました。みなとくんの白いシャツが夏の日をうけて、かがやいています。
「みなとくん、おつかれさま りっぱだったねえ」
とはるこのお父さんが声をかけると、みなとくんは、「うん!」とだけ、うなづきます。
(…みなとくんは、決めてるのです。言葉にならないことは、まだ言わないって。だから、いまは、力強くうなずくのです。)
「せえの!」
家族三人、声をそろえて
「そみんしょうらいしそんなり!」
ぽん! と茅の輪をくぐりました。
ぽん! ぽん!ぽん!とみんなも、くぐります。
くぐったあとは、茅萱(ちがや)をもらって、せっせと小さな茅の輪づくり。
「できた!」ちょっとゆがんでしまったけれど、でも、はるこもちゃんと 作ることができました。
「これは、はるちゃんの大切なお守りにするんよ」と、うみこさんが教えてくれました。
ちいさな茅の輪をのぞけば、みんなのすがたがみえました。
お母さん、お父さん、ゆきちゃんにみなとくん、タケマルじいちゃんおばあちゃん、うみこさんにリュカさん。
おや、石段をのぼって、かねちゃん先生もやってきましたよ。わかいひと、としおいたひと。
あのひとも、このひとも、ほんのり、笑顔です。
茅の輪をのぞくはるこを、お母さんがのぞきこんで聞きました。
「なにがみえるの?」
「ええとねえ、ええのんが見えるよ。お母さんもみる?」
「みるみる! ……ああ、ほんとだ。ええのん、みえた!」
おかあさんは はるこをぎゅうっと抱きしめました。
かえりみち。
夏の風が、ざーっとふいて、木もれ日をキラキラとゆらしています。
八坂神社の石段で、小さな男の子がグズグズと泣き始めました。こまった顔をしたお母さんが、いっしょうけんめい なだめています。
はるこは、ぱっとお母さんの手をはなし、男の子にかけよりました。ポケットからこんぺいとうの瓶をとりだして、カラン、コロンとふりました。
中から、花のようなこんぺいとうが、コロンッ と飛び出して、男の子の手にポンポンとのりました。
みずいろ、きいろ、ももいろ。
手のなかに、さいた花を
男の子は、びっくりした顔でみつめました。
「あげる!」と、はるこは言いました。
その子は、目をまんまるにして、はるこをみました。涙はもう、ひっこんでいます。ちいさなゆびで、水色のこんぺいとうをつまんで口に入れました。ほんわりとした甘さが広がって、ぱっと笑顔になりました。ふっちゃん!とはるこは心のなかで言いました。
ふっちゃんの咲かせた花みたい!
お父さんとお母さんが、はるこをよびます。
「はるこ!」
「はーい!」
元気にはるこは かけてゆきます。
来年、はるこはお姉さんになります。
どんなお姉さんになるのかな。
妹かな、弟かな。どんな子がこの町に生まれてくるんでしょう。
みんな、とっても楽しみにしています。
こんこんちきちん、こんちきちん
祇園囃子はなりやんで、来年の夏をまっています。
これで、はるこの祇園祭は、おしまい。
みなさん またあいましょう。この町のどこかで。
<おしまい>
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